マイケル・ジャクソンの映画を見て、やっぱり彼は特別だったと思った

少し前の話になりますが、6月中旬、ちょうど日本で公開された頃に、マイケル・ジャクソンの映画を見ました。

アメリカでは4月末に公開されていて、先に映画館で見た友達から、

「すごくよかったから、絶対に見たほうがいい!」

と言われていたのですが、なんだかんだで行けないまま。

娘も見たいと言うので、結局Amazon Prime Videoでレンタルして、家で見ることにしました。

マイケルジャクソン
マイケルジャクソン

私は英語の映画を見るとき、字幕が下に出ているほうが断然わかりやすいので、むしろ家で正解だったかもしれません。

私は若い頃、マイケル・ジャクソンを追いかけ回すほどの熱烈なファンだったわけではありません。

でも、当時から「人気歌手」という枠には収まらない人だと思っていました。

歌がうまい、ダンスがうまい、というレベルではなく、もう存在そのものが作品。

衣装も、仕草も、声も、ステージでの立ち方も含めて、すべてが「マイケル・ジャクソン」という完成された芸術だった気がします。

私も若い頃はダンス部に入っていて、マイケルの曲で何曲か踊りました。

そして、ダンス部の仲間数人と、東京ドームのコンサートにも行っています。

1992年の「Dangerous World Tour」です。

今になって調べると12月だったそうで、そんな昔のことだったのかと、軽くめまいがします。

私たちが行ったのは初日。

マイケルがジェットパックで客席後方から飛んで登場したのです。

どうやら許可を取らずにやったため、2日目以降はその演出がなくなった、という話を後で聞きました。

本当かどうかは分かりません。

マイケルには都市伝説のような話が多すぎるので、正直どこまで信じてよいのか分からないのですが、少なくとも私はその場で、飛んでくるマイケルを見ました。

あれは本当にかっこよかった。

私は熱狂的なファンでもなかったのに、コンサートの途中で、なぜかマイケルからものすごい愛を感じて、

「結婚してー!」

と思いました。笑

今考えると、完全にステージ上の魔力にやられています。

でも、それこそがスーパースターなのだと思います。

もともとのファンだけではなく、たまたま見に来た程度の人まで、短時間で虜にしてしまう。

あのカリスマ性は、練習や努力だけでは説明できないものがありました。

さて、映画ですが、子供時代のマイケルを演じた子もとてもよかったです。

ただ、見ていて胸が苦しくなる場面も多かったです。

子供時代のほとんどを歌とダンスの練習に費やし、大人のように働き続けるマイケル。

才能があったから成功した、という単純な話ではありません。

子供一人の人生を丸ごと使って、一家の成功を作り上げたようにも見えました。

父親がベルトを使って厳しくしつける場面は、かなり怖かったです。

「昔はそういう時代だった」で済ませてよい話なのか、とも思います。

結果的に世界的スターになったから美談のように語られがちですが、成功しなかったら、ただ子供に過酷なことをさせた父親で終わっていたのではないでしょうか。

そういえば私が子供の頃、兄がふざけてベルトをパチン、パチンと鳴らすことがありました。

もちろん叩かれたわけではありません。

でも昔は、ベルトを鳴らして怖がらせるような表現が、映画やテレビでも妙に一般的だった気がします。

今考えると、あれも十分怖いです。

マイケルと兄弟たちは、瞬く間にスターになります。

華やかで、夢のような成功物語に見える一方で、家族全体がマイケルの才能に乗って巨大化していくような、少し怖い感じもありました。

親族が企画に関わっている映画なので、当然、家族側から見た物語になっているのでしょう。

かなりプライベートな部分まで描かれていて、初めて知る話も多く、見応えはありました。

マイケルにとってもう一人の父親のような存在だったビルさんのような人物が、そばにいてくれたことには救われました。

あれだけ多くの大人に囲まれながら、本当にマイケル本人のことを考えてくれる人が、いったい何人いたのでしょう。

才能がありすぎる子供は、周りの大人に愛されるというより、利用されてしまうこともあるのだと思います。

後年のマイケルについては、本当にさまざまなことが書かれ、報道されました。

何が事実で、何が誇張で、何が完全な作り話だったのか。

今となっては、私には判断できません。

ただ、当時のメディアが、明らかに奇妙な部分ばかりを切り取って、世界中で面白がっていたのは事実だと思います。

肌のこと、顔のこと、声のこと、生活のこと。

まるで一人の人間ではなく、見世物のように扱われていました。

有名なインタビューも、当時はマイケルの奇妙さを明らかにする番組のように見ていました。

けれど今振り返ると、インタビューする側や番組を作る側にも、かなり意地の悪い切り取り方があったのではないかと思ってしまいます。オペラ、あんたが一番怪しいわ。

正義の側にいるような顔をして、人の人生を商品にする。

芸能界やメディアのほうにも、相当な闇があるのではないでしょうか。

世間が一度「この人は変だ」と決めると、どんな話でも信じられ、本人の言葉は何を言っても信じてもらえなくなる。

その怖さは感じます。

ペットにキリン、ヘビ、チンパンジー。

普通の人の感覚からすれば、確かにかなり変わった生活です。

けれど、幼い頃から普通の学校生活も、普通の友達関係も、普通の自由も持てなかった人に、「普通の大人になれ」と求めるほうが無理だったのかもしれません。

以前、マリブをドライブするたびに、

「あれがマイケルの家らしいよ」

と言われていた、お城のような大きな家がありました。

本当に彼の家だったのかは今も謎です。

マイケルほどになると、家まで伝説の一部になってしまいます。

今回映画を見て、改めて思ったのは、マイケル・ジャクソンは華やかな成功を手に入れた人であると同時に、その才能に人生を食べられてしまった人でもあったのではないか、ということです。

世界中から愛されたはずなのに、本当の意味では、ずっと孤独だったようにも見えます。

そして周囲の人たちは、彼を守ったのか、利用したのか。

おそらく、その両方だったのでしょう。

数々の歌とダンス、ステージ、そして今も消えない伝説を残して、星になってしまったマイケル。

映画を見ながら、1992年の東京ドームで、空を飛んで登場した姿を思い出しました。

あの瞬間のマイケルは、誰にも触れられないほど美しく、圧倒的で、自由に見えました。

実際の彼が自由だったのかは、分かりません。

それでもやはり、マイケル・ジャクソンは本物のスーパースターだったと思います。